nico

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COMME des GARÇONS
cgs

ファッションを信じるな。

Comme des Garçons の服を見る度に私は川久保玲の無言のメッセージを聞く気がする。
80年代、黒い服でボブヘアのY'sかギャルソンの服を着た女が大勢いた。
そのようになりたかったわけではないが、Comme des Garçons ほど憧れた服はない。
シンプルなのに難しい言葉が一杯詰まったような服。
それなのに静かだ。まるで閉じられた本のように。
だが決しておだやかではない。あのブランドは、特に買う者を選んでいる。
その証拠に反骨精神の曖昧な人が着ると、とても野暮ったい。
私が憧れたのは、紺の服。白襟のついたもの。
「襟をどう思うか」と山本耀司との対談で
「電車の椅子のカバー」と川久保玲が答え
「またそういう皮肉を言う」と言われているのを雑誌で読んだことがあった。
この人は何を思って服を作るのか?私は思った。

当時どうしても自分に似合う一着がほしくて、何度もギャルソンのフィッテングに入った。
でもあの窮屈極まりない鏡の部屋で、挑まれた勝負に私は必ず負けた。
ギャルソンの服は、身体の薄い人に似合う。
身体が丸く厚みのある私には、まったく似合わなかった。
何着か買ったが、どうにも着ることはできなかった。
見た目だけでなく、その頃の私には精神がまったくついていかなかったのだ。
私はギャルソンを着るには、すべてが曖昧で甘すぎた。
嫌われることをまったく厭わない、むしろ嫌われる方が心地良い、そんな人に似合うのだった。

青山を散歩していて、川久保玲がギャルソンの事務所から出てくる時に偶然小道を挟んで居合わせた。
ピーっと瞬間にアンテナを張ったように、すべてを見渡しているように感じられた。
すべてを疑い、すべてにヒントを得、こわしつつ構築する女の視線の範疇に自分がいる。
通りには他に人がおらず私は緊張し、黒い服のボブヘアのその女の視線に入らぬよう願った。

私が今、哲学を吹き込む服が必要でないのは、海辺で本が必要ないのと同じ。
日常は大海原のようで本に目がいかない。
私はもうギャルソンの服を欲しがらなくなった。
それでもこのブランドがとても似合う友人が、ギャルソンをまったく着なくなったのが残念でならない。
私は、もう眺めるだけでいいのにさ。
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立木義浩
ma1

これが、アメリカだ。
QP American
QP American 2

いいCMは、サプリメント。

そして、成長期なら素晴らしい刷り込みだ。

QPamerican2


SUNTRY RED
natsuyo


日本には、こんな可愛い女がいたんだよね。

RED1

RED1


サンダルも持たず
cf1


彼女は、私のたった一人の憧れだった。シューズデザイナー、高田喜佐。
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