nico

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:-- | スポンサー広告 | Trackback(-) | Comment(-)
美空ひばり
1949年発売なんだね。
ごくたま?に気づかぬうち、この曲をハナ歌してる。
美空ひばりの、この曲大好きだ?。

悲しき口笛
スポンサーサイト
手紙
E-mailなんてものが無かった頃、こどもだった私はノートの切れ端につぶやきを書いた。
それを小さくたたんで、友人に渡す。前の前の席にお願い、とか斜め後ろのその後ろの誰々に回してとかやって。
いったい、何を書いていたか思い出せない。
かくれてしているつもりでいたけど、先生にはばれていたに違いない。おそらくは。

娘の卒業式に行って、卒業証書を受け取る生徒の背中に見入り感極まりそうになりながらふと冷静になった。
昔と違って、不良がまったくわからないな、と。
しかしながら、悪いことをする奴がいなくなったわけではない。
なんと判りにくいことか。

小さくたたまれた手紙は、E-mailになって10円玉を続けて入れて話した公衆電話の代わりもする。
無菌が好まれ、空気読めないが嫌われ、除菌のためにまかれた界面活性剤が床やソファに舞っている。
無機質なビルで、ノスタルジーを探し、家の中で散歩不足の小さな犬をかわいがる。
コスプレを最高の遊びにし、自分の写真を宝物にし誰かに見せる。

それは、おもしろいにちがいない。けど・・・
誰といてもいつだってすぐに他の子と話せる手紙を持ったってことは、何かと交換だったのかも知れないよな。
困る。
画像のアップロードができなくなっちゃった!
ピクチャー出すと[インターネットエクスプローラーはこの動作を停止しました]になっちゃうんだよね。
これは、いったい・・・。
う?ん。
好きです。この歌。
友人の娘が桑田好きである。
「エロくてスケベなのにいやらしくならないのが桑田のいいところ」と言っている。
そしてクワちゃんが歌う夜空の向こうを教えてくれた。
たまにスゴク、聞きたくなります。

Keisuke Kuwata 夜空の向こう
先天性女優
家の娘たちは、町の児童劇団に入っている。
だので毎年ある時期になると、公演がある。
中学生ともなると、人間の個性、性質はかなりはっきりするものだ。
確かに自分自身、振り返っても中学生から変わっていないかも?!と思うくらい性格形成を終えている時期だ。
その最後の公演後に必ず、数名の親が引率者になり、こども達の食事会をして打ち上げをする。
昨年その食事の後、年上の男子にべったりハートマークの視線を投げ続けなかなか帰らない一人の女子がいた。
引率者の私と友人が「遅いから帰りなさい。どこに迎えがきてるの?」とか言ってもへらへらと笑ってすり抜け男子にしなを作る始末。流石に私達が、閉口したその子。
今年の公演で、その子がうまい。格段うまくなっていた。
学年が上がって目立つ役柄だってこともあるけど、演技のどこかに情熱を感じさせる。
公演を終えて、引率を一緒にした友人と合流したら「あのエロい子、巧くなってンじゃん」という話になった。
「ああいう人が、女優になるんだわね、って思ったわ」
「そうだよ、ああいう、なんかわけわかんない!
胸にたぎるようなもの持ってってどうしようもない、っていうような」
「そうそう!!」
本当に、女優ってみだらか、垢抜けない直感女か、しらじらしいくらいのぶりっこか・・・かも。
これってやーな感じだろうけど、たぶん必須の条件だと思う。
どれかにあてはまらないと、女優にはなれないと思う。
そしてこれは、絶対天性だね。たぶん。
はる。
4ukas

[美しい視覚を探すこと]が趣味、などと気取っていやがる。
だので、では、わたくし目の視覚に頼りソレを探すと・・・意外にない!
それでは、お話になりませんよーーーーってんで、とりあえず目の前にあった梅さまを撮りました。
あー、この視覚、ほんとうに技術がない。
でも、なんてかわいらしいのでしょう。
梅って、飾り気がない素直な娘たちが、並んでひなたぼっこしているみたい。


しかし、コレ天気が良すぎて液晶が真っ暗な画面でとった。
そういうわけであしからず。
トン子ちゃん。
ton1


確定申告の苦しみから、きゃー!ほー!!されたので、まんがを読んで息抜き。
待望の続編。
あるページのピカソのブリーフのドアップが、すごく可笑しかった。
明快で核心をついた哲学とブリーフの間抜けなくらい野暮な大らかさが同調してて。
うまいなあ、ホント。


やっぱJeminだしょ。
jemin

J君にかなうツンデレなし。
完璧でぇ?す。
笑う!
bos2

巧いCMだね。
BOSS大人の流儀のCMの松坂慶子!
メンバーもオモシロいしね。
PIRAN
1sl4sl2sl3sl

先日のNHK[世界ふれあい街歩き]は、スロベニアのピランだった。*
正直言ってまったく知らない街。
しかしその中で最高に素敵な庭を発見。
本当に羨ましい庭だった。
この庭の主は、まるで[崖の上のポニョ]のお母さんのように夫は船乗りで今は家にいないと言い「慰めにこうして海を眺めているの」と言っていた。ちょうど、まるで大きくなった宗介よろしく息子さんがご在宅。
世界の知らない街で物語のような暮らしをしている人がいるんだよなあ、と感慨にふけった。

nhkより*ピランは、アドリア海に面したスロベニアの突端にある小さな港町です。古い街並みに住んでいるのはおよそ5000人。近くに塩田があったことから塩の交易で栄えていたピランですが、中世の時代には、その利権を求めるベネチアによって長く支配されていました。海岸沿いに並ぶ石造りの壁に赤い屋根の家々など、今でもその名残を見ることができます。現在、海岸は多くの海水浴客やヨットでにぎわっていますが、その一本裏の道に入ると、石畳の細い道が網の目のように張り巡らされ、昔ながらの暮らしを守る人たちが住んでいます。
National Hour
オリンピックが終わった。
これぞNational Hourだったね。
楽しませてくれた選手たちに心から感謝。

英語教室で先生が「どこの国に自分の魂が心地良い共振を感じ、どこの国には行きたくないか?」と聞かれると行きたくない国の方で参加者のほとんどが言うまでもなくあの北・・の国と中国と答える。
みんな反対意見を言う人はなく、たいがい同意見になる。
町の公民館でやっている教室なので六十代からそれ以上の旅慣れた人たちだ。
中国に対してもっと好意的な世代もあったと思うが、それって七十代後半以上の人だろうか。
昨年、ATMで中国人の青年に降り込みの助けを求められた。
漢字は出てくるものの日本語なので今一つ解りかねる様子だった。
私も急いでいたし、とにかく彼の言葉も解らないしで行員に助けを借りようとすると「やめてください」のようなゼスチャーをしてあわてて表に出て行ってしまった。何だか申し訳ないような思いで自分の用事を済ませ表に出ると、彼が私を待っていた。
私は「手伝うよ」的に声をかけ、彼と再びATMに入り、何とか解らないながらも意思疎通し振り込みを手伝い完了した。
私は自分が思っていた中国のイメージからかけ離れた青年の印象に自分が哀しく思えた。
彼は外国人だが、言葉の解らないことに困り果てている同じ人間だった。
・・・でも彼に中国で出会ったらどうだったろう。

今、友人のソミから村上もとかの[龍]を借りて読んでいる。
[龍]には中国がかなりの部分出てくる。
その後書きに北一策氏が中国の歴史についてこう書いている。
[日本には積み重ねられた歴史があり、文化がある。ところが易姓革命を繰り返し、異民族に支配された長い歴史を持つ中国では、継承されない文化がある。新たな支配者が、前の文化を破壊することがあるからだ。・・・こうした社会では、血縁、地縁、職縁こそが重要な財産として継承されていく。]
もちろん、日本とは全く違う。
そして先日読んだ[アホの壁]には、ナショナリズムについて書いた章に林成之氏の[勝負脳の鍛え方]という著書の一部の要約が載っていた。
[人間は自己保存や種の保存の本能と同時に、同種既存の遺伝子も持っている。学校に入学するとその学校が好きになり、会社に入るとその会社を愛するようになり、日本に生まれると日本に対する愛国心が生まれるのである。これが同種既存の本能である。オリンピックやワールドカップでわれわれが誰に強制されずとも自国のチームや選手を応援し、他国に勝ちたいという欲望を起こすも、この同種既存の本能ゆえである。しかしこれらの本能には弱点があるらしいのだ。過剰反応を起こしやすいという弱点である。これは免疫機能が過剰に働くと、細菌だけでなく自分のからだまで攻撃してアレルギーや自己免疫疾患を起こすのに似ているという。]
興味深い。

こういうのを知ると、私はその土地その土地の気風と人間の持っている遺伝子の作用点が、本人以前にいろんなことを選択しているのだと思う。もうすでに選択されている。
私達は、考える以前に生存本能に操られた動物なのだ。
友人が名古屋に引っ越した途端「いつもしていたお洒落が貧乏くさく思えてきた。」と言い雑誌[天然生活]のようなファッションに嫌悪を覚え「ひこにゃんが可愛くて可愛くて、今私の携帯の待ち受けはひこにゃん!」と言うのも・・・きっと・・・すべてそんなところかも知れない。

ナンカ私は、こういうのって本当に不思議で!
知らず知らずに、こうやっていろんな文化の自己保存がなされてくのかと・・・ね。
感覚派。
uh1


[キッチュ(Kitsch)はドイツ語で「安っぽい、俗っぽい」を意味する言葉だ。「正統に対する異端」、「本物に対するにせ物」を意味した言葉で、厳かで保守的な上流文化と対照される。]というのをネットをうろついていて知った。
10代の頃「キッチュでいいね!」とか、言っていたけどただの感覚で使ってたんだ!
ほぼ同じ意味で使ってたわ?。助かった
えええ?っ。だね、まじで。
なぜ調べなかったんだろう。やだよ?。
Designed by aykm.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。