nico

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8月の南。
「いまでもおもいだすよ。

ホノルルの空港におりたったとたんにはいてたジーンズのすそから

ねっぷうがあがってきたの!

8がつのハワイはさすがにあつい。」

ひにやけたおんなともだちはいった。

しばらく彼女に会っていない。

彼女は、ひりひりの夏を駆け抜ける名人。

あらしのような瞬間をUPDOWN する機能がほかより

優れた人物は、山、谷、もしくは海にいる。

からっ風に吹かれ、大雨に降られ、愛はいつもためされ、

でもそれ以外の生き方はしらない。

なんとか、なんとか、やるさ、

さいわいこどもたちはついてきてくれる、いつだって。

…どうしているかな、彼女。

8月の南でオアシスにであったかな。
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おはよう。
みんなは、どんな朝をすごしているんだろう。

毎日じゃなくても、お気に入りの朝をすごしているのかな。

わたしは犬の「くうん」と鳴かれるのではないかと、強迫観念で起きる。

大概、5時前に。

だいたい「くうん」となってしまい「しずかに待ってなさい!」と、司令を出す。

着替えて外に出て犬を散歩させる。

洗濯に朝ごはんに、食器洗いに、仕事の支度、次々とやることが待っている。

以前なら、家族が出かけたらパソコンおたくのひきこもりだったのに。

あのころのわたしは、停滞していた。

韓国スターに「最後の恋」をしていた。

「今がいちばん楽しいみたいですよ」と両親に夫がわたしのことを

話しているのを聞いて(ああ、夫ってなんだろうが私が幸せなのが幸せなのだ)

と確認した。

「雄ですか?」と必ず言われるほど元気でやんちゃな犬を持て余し

ほとんど時間がなく、こんな毎日で身体はつかれている。

それでも!犬に感謝している。

一昨日なんて、HAWAIIの朝のような天気だったんだから。

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「ちょっと!あんた、表に出てごらん!」と夫をむりやり押し出した。

「なんで?」と面倒くさそうに表に出る。

「ねね?きもちいいでしょ?」

「うん、まあね。」

「今朝はホノルルモーニングだよ、ちょっとこのネーミング、下げだけど。」

「そーげ!」(うちの夫はすごくなまってる)

「バカにしてるでしょ?!感謝がないね、あんたってひとは!

行けない人はこうやって楽しむの!」

「ん、ん、んだな。たしかに。」

などというアホな会話はさておき。

やっぱり、早起きは三文の徳なんだな、と私は実感している。
ぶんちんばなな。
うわあ、ぶんちん、ばななだよ。

なにげに、やってからおどろいた!

上質紙をふうちゃんからいただいた。

やっぱ、書き心地、ちがうね。

練習に使うのもったいないね。

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それにしても!

今日。

かぜはあるけど、あついね。
いくらあってもほしいもの。
ひとによって、その対象はかわるけれど

「いくらあってもほしいもの」ってある。

紙類。

本。

家電。

お金。

バック。

靴。

作品てきなもの。

土地。

車。または、バイク。

化粧品。

食べ物。

俳優の生瀬勝久さんなんて、掃除機とコロコロだって。

わたしは・・・・

なんだっていくらだってほしいけど、

片づける場所が手いっぱいなのでおさえている。

もし、場所もお金もあれば…

やっぱり、くつだろうな!

あと、椅子。

お金は、すぐてばなすからな。

ばかなんだもん。

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↑[マリーアントワネット]のコンバースが混ざってるばめん。
抱えきれないおくりもの。
[生きてるだけでまるもうけ]と、言って娘の名まえにつけたのは明石家さんま。

仕事の途中、ふと「それって本当に本当だな!」と感じた。

生きている日々は、すべて誰かのおくりものだ。

時折、ふってくるように神さまが教えてくれたかのようにしみじみ何かの意味を

言葉以上に感じとれる瞬間がある。

これは、おそらくわたしという人間のたまたまのオプションのようなものだ。

たまたま…もらった犬。

わたしは、この犬から油をさしてもらったらしい。

これは、たまたまのオプションではない。

計画の一部なんだろうな、と思っている。

「あんまりにも、怠慢な性格が助長される傾向にあれば使いのものを送ろう。」

そういうわけでこの犬にわたしの人生を手伝ってもらうことになり、

わたしは最近日々、この犬の去る日を怖れるようになってしまった。

ほんとうに人生は、そう甘くない。
女系家族♪
母とふたりでながいこと暮らしてきたわたしは、ながいこと

家のなかの男の存在が相当、やっかいだった。

友人たちの家のように男の存在に常にしきられてきた環境がない、

ということは逆に不自由なものだ。

しかし世の中には男がいようが動物がいようが、なんの意識もない女たちも数多くいる。

長女の友人宅に4人姉妹の家があり、それはそれはゆめのようである。

うつくしい母娘、5人の女と男の父親ひとりが、ジブリのような家に暮らしているのだ。

丘の上のポニョのような。

そこに娘の婚約者が現れ、うちの娘が遊びに行き6人の女とふたりの男が

あーでもない、こーでもないとおしゃべりにハナをさかせる。

私のだいすきな友人ぱんちゃんの家も3人の娘と九州男児のだんなと二匹か三匹のねこと

ねこにすっごく!似合う家にくらし知的な感じでばかーな話にハナをさかせていそうだ。

次女の友人宅は、これまたスゴイ!

四世代とそこの娘があとふたり嫁に行ってもひっきりなしにそこにいる。

次女の友人のお父さんは、出て行ったらしい。

ひいばあちゃん、ばあちゃん、娘三人、孫ひとりの六人の女におじいちゃんがひとり。

韓流スターの話にはなをさかせている。

女系家族のかしましさがわたしは大好きだ。

なにしろ、文化がある。

それから、笑いがある。

まるっきり、へこたれてない。

そういうわけで女系家族にあこがれをいだいていたわたしだったというのに、

じぶんで女系家族をつくることを思いつかなかった。

看護士さんに母乳外来で「10人くらいはあかちゃんを育てられますよ」と

言わしめた胸を持っていながら、この世界一教育費の高いここ日本で

三人、四人とあかちゃんを産むには、かなりの思い切りがいると感じていた。

だが、いまにしてみれば!それは敵わないゆめではなかったろうと思う。

やってみれば、よかったなあ、きっとわたしは女腹だし、

そのうえ、夫はいくらこどもができても女って気がするから。

もらった犬まで女だったものね。
あらっ。
しごとの用事で上野に行ったら、えきなかに[はらドーナッツ]と

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[ANGERS]ができていてなんだかかわいくなってた。

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おじさんがいっぱいいた。

ぶんぼうぐやにもドーナッツやにも。

ああ、それより東京にいる独身の友人に夕飯誘えばよかったな。

ざんねん。

ゆめはあなたのなかに。
いとこの4歳のむすめから、プレゼントのお礼の手紙がきた。

ほんとうに、この「だいすき」には、とろけてしまう。

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Black Swan

最後がすごくいい映画だ。

何だかどろどろしてそうなので、見に行くのが億劫な気がしたけど

娘が「見たい!」と言っていたので見に行ってきた。

(しょうじき、この映画親娘でみていいの?って場面満載の映画だったンだよ!)

依存型の母娘とバレエしか知らないような娘と未知の世界への怖さ。

どんな母親も娘から見たら、ああいう邪魔な強さを持ち合わせている気がする。

とにかく、"誰でもない唯一の自分"を選びとる時には、味方は決して現れないものだ。

"ホラー仕立て"という点がいささか商業ベースに乗せられた感が、なくはないが

バレエという蜜に集まる女の奇異な世界観とだぶる気がしてなんだか笑ってしまう。

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主人公がストイックにつくられ、周りのキャラは薄く、

主人公に起こるストーリー事態は現代アメリカの象徴的できごとのような感覚だった。

そこはありがちなうすっぺらさだった。

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何よりこの映画の素晴らしさは、妄想と現実の間をさまよいつつも、

主人公が自分の中の一部を引き裂き、自分の真逆の激しさや個性が

自分の一部だと知ることだ。

その一部と愛するバレエを通し、充たされた個の世界を味わうところ。

自由を味わうところ!

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…だけど!本当に怖かった!!

なんつーか、「ミザリー」も「キャリー」も混ざってるかんじ。

怖いから、恐い場面は目をつむってたもの。
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