nico

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朝ドラ[あまちゃん]
毎日、楽しみにしていた[あまちゃん]がおわっちゃった!

うちの夫も「毎日、あまちゃんに会える楽しみ」

「あまちゃんを囲むうだうだした連中の会話を聞く楽しみ」

などを失い、淋しいようである。

震災の応援ドラマのようだったけどいつの間にか、

みんなの心にしっかり着地して、なくてはならない時間を作られていた。

クドカンというひとはあんな、ぬーっとした風貌で

「ちょっと現実感なくてもいいの、いいの、どっちにしろ嘘でしょ。

どうせならやりたいこと全部やっちゃうよ。」って感じで

自分の欲求を充たしながら、いろいろと夢のようなことをやってくれた。

薬師丸ひろ子と松田龍平、薬師丸ひろ子と小泉今日子という

あってほしいありえない豪華なツーショットを見せてもらえた。

そりゃもう相米慎二ファンも探偵物語ファンも喜んだにちがいない。

(あ、私、探偵物語ファンなので。ぜったい他の映画のファンや

松田優作ファンやもろもろ、いるにちがいないけどつい)

ammm

最終回。

メモリーズのふたりの場面と春子の部屋にいる鈴鹿ひろ美と春子の場面が交差し、

親娘それぞれの人生のひとつの試練を二組がともども乗り越えたことを知らせていた。

そういう何気ない設定のなかに伏線があっても、それを理屈っぽく感じさせない。

そして、この鈴鹿さんとふつーの田舎の高校生だった春子の部屋での

ふたりの場面には、かくされたクドカンなりのメッセージがある気がしてならない。

「スターとは、自分の部屋にいるかのように心にいるものだ。

そしてそうあってほしいし、すごいスターほど、このようである。

もっとどんどん地上に降りて、スターぶりをアピールしてほしい。

なんのためにスターになったの。」とか…。

やっぱりスターは、スターであってほしいな!と私は思った。

だってそれをお茶の間で見るのが何より幸せなんだもん!

↓youtubeに面白いエピソードがあったので
古田新太の心境
Wの悲劇×あまちゃん
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15話・16話
今回の[その冬…]の寅成君は本当によかった。

オーバーな表現は影をひそめて、安心して見ていられた。

この人は、美しいのだから、ただ美しいだけでいいのだ。

それだけで哀しさも恋のつらい甘さも表現できるのだ。

全編を通して15話のヨンが、彼の去った部屋で回想する場面が私は、いちばん好きだった。

この場面には、韓国人の純粋なものへの憧れとか哲学への関心を感じる。

たくさんの素晴らしい彼の新しい演技が見られたこの作品だったけれど、

この場面のオ・スのオッパーぶりは、私の大好きな寅成君らしい格好よさだったな。

その後で、彼のいないベットで泣くヨンを哀れに思いつつ、つくづく共感した。

私は、どうしても!もっとどんどん垢抜けて格好良い演技者になっていく彼が見たい。

だから、これからも彼の作品を観ると思う。

だってどうしてだかわからないけど、期待させるひとだから。

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東北NIGHT
kwt

ふうちゃん家で、今夜生放送のSASの宮城公演を見せてもらった。

コンサートチケットは、昔から嵐並みに取れないのでこうして見るだけでありがたい。

復帰したコンサの桑田さんのエロさが、まぶしいぜ!

いつものように、しゃべくり4でふうちゃんに北京ダック状態に

してもらい楽しく時をすごした。

THANKS!ふうちゃん!!

日曜日は

美味しいコーヒー飲みたいね。

gff
追記2-風立ちぬ
nnn6

この作品が「清らかさへのノスタルジー」だと、気が付いたら、
まあ、それが私の勝手な感想かもしれないが・・・
宮崎駿がはじめて真の素顔をさらした気がした。

私は宮崎駿の最近の作品は往往にして、2つに感じ取れる構造になっていて、薄っぺらにさえ思えるような上澄みのエンターテイメント的な部分と、強い思想観の下の部分があり、わかろうとしなければ、知らずに終わる、と感じていた。
だから、私は彼の作品をいつも冷静に見ていた。
いったい、この映画は何が言いたかったのか。
そのことをこどもに話す度、けげんな顔をされたものだ。
「私は、とても愉しく見たの。だから、それでイイでしょ?ママ。」

この作品で吐かれたピラミッドとは、この世とは、頂点と底辺のある世界で
「ただ、美しい飛行機が作りたいだけ」なのに戦争に利用され、
それをどうすることもできない無力な自分がいる。
ただ、それが、あったから、自分は美しい飛行機を作れたのだ。
それをピラミッドという言葉に象徴させたセリフであったか、と思われる。
おそらく、アニメーションの世界での宮崎駿もそうであったのかもしれないと、私は感じた。

原発が反対でも私たちは、原発の作る電気を使う。
同じように、原発推進のTV会社のタイアップを許してしまえば、原発推進になる。
けれど、そういう力を借りなければ美しいものは作れなかったのだろう。
それが風立ちぬでは、明確だったと私は思う。

清らかさは、宮崎駿の全作品に共通して感じられるものだ。
しかし、とりわけ風立ちぬには最初から最後までそれを強く感じた。
清らかさは、今の日本人がなくしてしまったものであり、第一に取り戻すべきものであると。
なぜなら、清らかさは誇りを生むから。
彼がアニメーションを通して残したかったもの、それが人間の清らかさであったと、私は思う。
風立ちぬは、そういう彼の強い意思を一枚仕立てとして感じた。

私は、この作品で一番夢の中でカプロー二に会うところが好き。
自分がしたいことをずっとし続ける勇気があれば、だれでもあの場所に出る。
そう思うから!
あの場所はみんなが笑顔。

Bravo!!![風立ちぬ]。
Bravo!!![宮崎駿]。
marvelous!!!
3rd Wave
今、アメリカではコーヒーブーム。

それをサードウェーブと呼んでいる。

ファーストウェーブは、浅煎りコーヒー。
セカンドウェーブは、深入りコーヒー。

そして、このサードウェーブは、コーヒー豆の産地を重視し、
コーヒー豆の個性を最大限に引き出す淹れ方を追求する新しいコーヒーカルチャー。

あるサイトによれば、このサードウェーブ、
生豆鑑定のカッピング+日本人の抽出技術が影響していると言う。

さておき、波のあるものは素晴らしい。
風を感じるでしょ。
時々アメリカのコーヒーショップを検索して、その空気を感じるだけで楽しい。
どの国もふつーのおじちゃんて、格好イイな、と思う私。
たぶん、不必要な見栄がないから。

COFFEINATION
Blue Bottle Coffee
cff
14話目。
14話目は話に無駄がなくて演技もみんなすごい。

私、この泣きの演技、これまでの寅成君の泣きの演技の中でいちばん好きだわ。

「オ・スというこの男なら、こうだろう。」という感じが素晴らしいよ、寅成くん。

insn

insg

この場面で赤いパンツってどうなの~?とか、

チングの家に居候になった途端にスウェットってどうよ~?とか、いろいろあるけど

とにかく15話が、楽しみ。
13話目。
このお部屋、大好き。

寅成ssiの演技が際立ってきた。

この回でようやく、物語の幼稚さを忘れてそれぞれの演技を味わえた。

おもしろかった。

fcd
みましたよ~。追記。
これは、あくまで今を生きる人々へのエール、なのかな。

『夢とは、個人のものであるようで実は、どこかでつながっている。

こういうものを作りたいな、というのは誰にとっても思うところであれば

それはかならずや達成される。

だから心血をそそぎ、10年を投じればやがてそれは姿を現す。

つらい時代に変わりはない。だからこそ、こころの向くところへ投じるべきだ。

nnb

わかものよ、正しくあれ。心のままにありのままであれ。

己の不本意を生きてはならない。

他人の心血を軽んじて拝借するな。

壁にあたったら、しばらくそれから離れてみよう。

恋とは、世界に色を与えるものである。

にんげんは、すべて忘れてしまう。

戦争がイヤになったはずでも、戦争をおこす。

ただ空を飛ぶ美しい乗り物を作りたいだけなのに戦争に使われる。

ひとは、生きているかぎり、生きなければならない。

死んだように生きては、ならぬ。』

と、いろいろなメッセージを感じた。

「本当にこの世界は、上と下。だけど本当に上が上にあるんだろうか。

下が下にあるんだろうか。そんなの神さまだけしかご存じない。

どうか私こそは、この世界をシャンパングラスに見立てて

このくっだらねー価値観の世界をひっくり返して笑って飲み干そう。

それこそが、私の生きる意味だわ。」

私は、ちょうどこんなことを思っていた矢先だったので

やっぱり夢はどこかでそれが存在する世界につながっているのだろうと思えた。

私もどこかでカプロー二に会ったのだ。

実はこの映画、まったく見る気がなくて娘が「見てきなよ。」というので

観に行った。

「どこがよかったの?」と、観終わって娘に聞いたら

「菜穂子さんが『生きてるってステキね。』って言うシーンだよ。」と彼女は言った。

わたしのこ、ちゃんと育ってる。よかった。

追記。

日付変って、19日の今日、ふうちゃんと話していて気が付いた。

この全編に流れるノスタルジーは、人間の清らかさにたいするノスタルジーだったんだ。

日本人の失われた清らかさにたいするノスタルジーだったんだ。
そっか、そっか。
「やっぱり、TVってのは…すり込みだな!」と、思った私!

先日、母が録画しておいてくれたイタリア人の老夫婦のドキュメンタリーを

見て思ったのは、

[イタリアの方々は、死と言うものをこれっぽっちも考えていない日常にいる。]

ということだ。

いや、たぶんこうだ。

[イタリア人にとって死と生は、いつも日常の一部だ。]

ドキュメンタリーのイタリア人夫婦は、リタイア後を共に庭の設計と

植物の世話ですごしている。

年に一度のオープンガーデンの日取りに合わせて準備にいそしんでいるのだ。

ひとは、植物と同じように地に生まれ草や樹となり青々しく繁り、花を咲かせ、

やがて枯れ散って行く。

その姿は、他の生き物となんら変わらない。

生まれたらやがてただ、死んでいくのだ。

ごくごく当たり前のことなのに、なんだか私の住むこの国には、

いまだに[姥捨て山の心理]が働いているようだ。

「なんとかしなくちゃいけない。」と心ならずも

腹の底でわめきたてる何かは、いったい何なのか?

少なくともわが国には、商売のスピーカーがぶんぶん働いているのは、間違いない。

ないならないなりに搾取できるキャッチーな心配を元手に。

子宮頚ガンワクチンに引き続き、最近いちばん腹がたったのは

TVCMの「5回分のおしっこを吸収」とかいうやつだ。

「こどもをなんだと思ってる!ふざけんな!!」と、TVの前でやたらほざいた。

疑うことをしない頭のとぼしい人が「あら、べんり!」とか言うんであろうか。

そんなふうに「おたくの息子さん、今窮地です。即!現金を持参してください。」

なんて、見え透いた嘘に、なんの心配もいらない老人が、

心配をし、なけなしのお金をうばわれてしまったりする。

イタリア人夫婦は、少なくとも変な心配のことは考えていなさそうだった。

広大な土地と庭を持っている様子なのに、その世話にさえ

余裕のよっちゃんで対応していた。

とにかく、がんじがらめな税金など次々と心配を生むシステムの中にいることも

ヨーロッパとの差だろうが…。

だが"できそうにもないことをしなきゃと思うような"余計な見栄はなかった。

と、いうか、イタリア人ならきっともっと、このシステムに怒りそうだけど。

どうなのか?わからない。

というわけで、いろんな日本の常識が、みんなのこころを狭く固くし、

バカにしてしまうんだな、と思った。

この国の常識は、非常識だと疑ってみようと、私は思うよ。

そして最近、この本を読んでさらにその思いが深まった。

競争が苦手な私には、すばらしく思えた生き方だ。

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オッス、寅成くん。
久しぶり!の寅成くん。

やっぱり、ドラマがいいんじゃないんですか。この方は。

これぞ、まさしくインソンカタログ。

でも脚本は、すきじゃないわ。いつまでコレやってんの?この国。

[バリでの…]の脚本のジェミンは、はしたなくなかったのよねえ。

それにしても…

「結局、誰もがこのひとのジェミンが、もう一度見たくて仕方ないのだな…」

と、思える今日の[その冬、風が吹く]だった。

そして、求められたジェミンの投影的オ・ス兄をさらりーと演っちゃう

寅成くんだが、本日、新しい演技を発見。

やっぱ、しつこい!のだけど、巧みなのは健在!

ほんのちょっと、ウンソプっぽいのか?とも思ったけど。

彼のウンザリした表情って美しいんだよね。

「いい加減にしてよ、オンマ~」的な愛のじれったさ、しんどさの

表情は、寸分の狂いなし。

「おまえの好きなようには、させない」なんて。

だけど、アタシはジェミンにしか、ほれないけどね。間違っても。

hggg

hbbb
I believe ?
[ふうひょう]

この言葉の意味について、よく知らない人。

知らないふりをしてるひと。

知っていて、うまく使用するひと。

ネットもTVも企業がパワーを持った媒体で、完全に自由な場所ではない。

よくみて間違いさがし。

ありがたいでしょ?

「100パーセント安全です!」からね!

それにしても[OMOTENASHI]!

い~ね~、流行るね、これは。

プっ!!

mm

ステーキ!
前々から、不思議に思っていた謎があった。

「なぜ、加山雄三は、あんなに若いんだろう?何のサプリ飲んでるんだろう?」

その謎が先日、録画しておいたSWITCHという対談番組で解けた。

加山雄三と三浦雄一郎の対談で

「僕は、今朝も300gのステーキを食べてきたんですよ、いつもはもう少し食べるんだけど

今朝は、ステーキとカルボナーラ。」だって!

(これだ!!)と私はひざを…叩くより、のけぞった。

すごいですねえ~。放心。

三食とも肉、って感じの話し方だった。

それでもって、三浦雄一郎も週1回は、1㌔のステーキを食すのだという。

二人とも歳をとるほど体力は上り調子だとか、言っている。

76歳と80歳。

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う~ん。私は夫に「1度試してみようか?朝食にステーキ300gとカルボナーラ。」

「ムリだね。」間髪いれず、返答。

ほんとうに、それは無理だろう。

だけど、若大将はやっぱり、若大将。

誰かに「バーカ!」って言われそうな朝食だって、

なぜか彼が食せば爽やか~!な印象だもんね。

に~くよ~、おれのに~くよ~♪
主婦と商売。
こどもが幼い頃は、どうしても子供同士を遊ばせたくて

仲間をつくる、あそぶ。

それでいろいろあるわけだ。

で、こりゃめんどうだ!と、はたと気が付き、ここを切ろうとする。

と、今度は、こどもが、だれちゃんとあそびたい~!と、なる。

で、甘いので出て行く。

そして、そのまま、なんとなくつないでいると、どこからともなく

ねずみ式のような商売を子育てしながらしている母親がやってくる。

あちらこちらに兵がいる。

こういうのは、ひとつもよくない。

こどもは、3年間は、特にお友達はいらないのだ。

そんなことより、ママがしっかり遊んでやり、食べさせてやり、

成長を見守ることが大切で、これをたっっぷりやったコは安心して

外でもお友達も作れるし、自信をもって事に向かう。

そう気が付いた時、子育ては半ば終了している。

子育ては、やっぱり自分育てなんだと思う。

bvcx

そして、今日また素晴らしい食品会社の信望者のママ友から講演会のお誘いがあった。

もう二度と誘われないようお断りした。

以前二度ほどお付き合いしたけれど、6000円も支払う講演会、

それほど知りたいことがない。もちろん、すばらしい方の講演だったけど。

食品はゆずっていただくけれど、講演会は結構です、と。

しかし、また誘いそうな返答だった。

そっちが商売ならこっちも商売するぜ、と思ったこともあるけど

何もかも面倒な性格なのでそうも行かない。

そして、大概の主婦が商売の意識がなくやっている曲者なのだ。

「良いものだから、お誘いするわ」という。

主婦って人種は、大きいくくりになるが、ハッキリ言って一筋縄じゃない。

面倒なお誘いに辟易とする時期は終り、私も腹を割って本音でお断りする。

優越感と不安を持った人が集まる場所は、キライなんですよ、わたしゃ。

特別なものを手に入れているという優越感。

健康を保つために何か特別なものを手に入れたり、

聞いたりするという不安が元にある行動も、まったく趣味じゃないんだ!

貧乏人だけど、貧乏くさいのはだめ。

放っておいてもらいたいわ。せつにそう思う。
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