nico

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追記2-風立ちぬ
nnn6

この作品が「清らかさへのノスタルジー」だと、気が付いたら、
まあ、それが私の勝手な感想かもしれないが・・・
宮崎駿がはじめて真の素顔をさらした気がした。

私は宮崎駿の最近の作品は往往にして、2つに感じ取れる構造になっていて、薄っぺらにさえ思えるような上澄みのエンターテイメント的な部分と、強い思想観の下の部分があり、わかろうとしなければ、知らずに終わる、と感じていた。
だから、私は彼の作品をいつも冷静に見ていた。
いったい、この映画は何が言いたかったのか。
そのことをこどもに話す度、けげんな顔をされたものだ。
「私は、とても愉しく見たの。だから、それでイイでしょ?ママ。」

この作品で吐かれたピラミッドとは、この世とは、頂点と底辺のある世界で
「ただ、美しい飛行機が作りたいだけ」なのに戦争に利用され、
それをどうすることもできない無力な自分がいる。
ただ、それが、あったから、自分は美しい飛行機を作れたのだ。
それをピラミッドという言葉に象徴させたセリフであったか、と思われる。
おそらく、アニメーションの世界での宮崎駿もそうであったのかもしれないと、私は感じた。

原発が反対でも私たちは、原発の作る電気を使う。
同じように、原発推進のTV会社のタイアップを許してしまえば、原発推進になる。
けれど、そういう力を借りなければ美しいものは作れなかったのだろう。
それが風立ちぬでは、明確だったと私は思う。

清らかさは、宮崎駿の全作品に共通して感じられるものだ。
しかし、とりわけ風立ちぬには最初から最後までそれを強く感じた。
清らかさは、今の日本人がなくしてしまったものであり、第一に取り戻すべきものであると。
なぜなら、清らかさは誇りを生むから。
彼がアニメーションを通して残したかったもの、それが人間の清らかさであったと、私は思う。
風立ちぬは、そういう彼の強い意思を一枚仕立てとして感じた。

私は、この作品で一番夢の中でカプロー二に会うところが好き。
自分がしたいことをずっとし続ける勇気があれば、だれでもあの場所に出る。
そう思うから!
あの場所はみんなが笑顔。

Bravo!!![風立ちぬ]。
Bravo!!![宮崎駿]。
marvelous!!!
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